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ごあいさつ
このごあいさつは、創刊準備号に掲載した物です。
はじめまして。編集人の木蓮(もくれん)と申します。ハンドルネームです。
釈迦の十大弟子の1人である目連から、音だけを拝借しました。
このメールマガジンは、そもそも私の父である住職が、親鸞聖人の和讃を読み
解いたものです。
平成12年12月25日にまぐまぐからプレミアム版の有料メールマガジンとして2
年間定期的に配信させていただきました。読者数はわずかでしたが、終刊のお
知らせを配信した後、読者様から続編のご依頼をいただきました。
光栄なことです。
ひとつ躊躇することがありました。有料メールマガジンの『和讃素描』は比較
的平易な解説ですが、続編の『和讃点描』は親鸞の『高僧和讃』をひもといた
もので、やや専門的な内容が多く、仏教の知識がない私には難解です。
自分自身が理解するに四苦八苦しているものを有料で配信することにためらい
がありました。
そして私自身も学びつつ配信するという姿勢で、続編は無料メルマガとさせて
いただきました。
お一人でも多くの方にお読みいただくことが南岳にとっても喜びであると考え
たこともあります。
ここに、有料メールマガジン創刊時の一節があります。
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また寺院に生まれ育ちながら、宗教とはほとんど無縁に過ごす木蓮から見て、
ややもすれば仏教が一般の方々と遠いところにあり、死者を供養する意味でと
らえらえがちなことが多くなっていると感じるためです。本来、仏教とは、ま
た親鸞の教えとは「人が生きるためのもの」なのです。寺院もまた、生きる道
を探すための場所なのです。
老舗企業の相次ぐ倒産、不良債権、テロで騒然とした世界。平和、という言葉
が奇跡のようにも思えることがあります。こうしてパソコンの前に座り、父が
描いたメッセージを皆様にお届けしている、今この時間さえ、ありがたい、存
在しがたい奇跡ではないかと思うほど、混濁とした社会です。
こんな時代をどう生きればいいのか、親鸞聖人の和讃には答えがあるはずです。
求めるなら、見つかるはずです。
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平成12年のクリスマスを前に書いたこの時の状況と、世情が何も変わっていな
い、いえかえって混沌をきわめていることに深い嘆きを覚えます。
景気はなるほど、少しずつ光が差しはじめているのかもしれません。
しかし、心の闇はますます深まっている気がします。犯罪の低年齢化、児童虐
待・・・あり得てはいけない現実を、私達は日々目の当たりにしています。
何をすればいいのか。どこから始めればいいのか。答えは簡単に見つかりませ
ん。
得度もしていない木蓮に親鸞の教えを広げ伝える手伝いができるとは到底思え
ません。ただ、70余年の日々を親鸞に真宗に学んできた南岳の筆を借り、私
自身は小さな2人の子供を持つ親として日々のありようや思いを伝えて行け
ればと思っています。
そしてまた、皆様からの気づきをいただければと考えております。
もし興味をお持ちいただけたら、下記からご登録をお願いいたします。
それでは、誌面でお会いしましょう。
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